太っちょのおばさま

間も無く発売される「あなたへ」における“あなた”が、一体何を指すのか、ファンの間でいろんな議論がなされるのだろう。


僕の直感では、それは『太っちょのおばさま』である。


PVを見て、まず初めに「この人は終始、祈っているようだ」と思った。
祈りとしての歌。
この、目をつぶって歌う姿がその象徴である。


15年ファンをやってきて、宮本が目をつぶって歌う姿を見るのは初めてだ。
これは祈ってるのである。


それで、サリンジャーを思い出した。
『太っちょのおばさま』は、サリンジャーの「フラニーとゾーイ」に出てくる人物、いやもっと抽象的な観念だ。
凡庸で、だらしなく、無為に日々をすごさざるを得ない中年女性。
どこにでもいる、本当にありふれた私たち。
それは、ありふれた日常、何の変哲もない人々を指すと同時に、その中にある神性、超越性をも指す。
彼女こそがキリストなんだ、と。


太っちょのおばさまのために良く生きろ、そのためにいつも靴を磨いておけ、その行動が彼女のための祈りになるのだから、と、ゾーイーは妹に諭す。


そしてこう言う。

しかし、君にすごい秘密を一つあかしてやろう。この『太っちょのオバサマ』でない人間は一人もどこにもおらんのだ。それがきみには分からんかね?この秘密がまだきみには分からんのか?


僕にはまだ分からない。頭で分かっても、肝で分かっていない。
でも、PVを見て、宮本はこの秘密を分かっているのだ、ということは分かる。
「太っちょのおばさま」のために、すなわち絶対的に隔絶している他者の崇高さのために、生きる、歌う、それによって彼女のために祈る。


僕はそれがなんなのか知るために、目を閉じてじっと、「あなたへ」を聴いている。

フラニーとゾーイー (新潮文庫)

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