シグナル(2)“ろくでなし”との関係

続きです。

シグナル(歌詞)で歌われている情景は、以下のようなものです。この情景は、アルバム『俺の道』に収録されている“ろくでなし”(歌詞)のそれと驚くほど似ています。また、その順序は反対ですが、1番で夜を歌い2番で昼を歌う、という構成までもが似ています。

“シグナル”と“ろくでなし”で歌われている情景
  夜: 闇と蒼い月、涙
  昼: 晴れた空とそのまぶしさ、その所有欲


「所有欲」とは、つまり以下の部分の類似です。

 “シグナル” :「本当さ いつかこの空独り占め」
 “ろくでなし” :「飛行機雲流れてくあの空を 俺にくれないか」

 これらは共に、人生において、まぶしい空のような輝きをいつか手にしたいという宮本の変わらぬ気持ちを表しているのだと思います。

 さて、これらのうち「夜」部分だけなら、似たような歌詞は他のエレカシの歌にも見ることができます。しかし「昼」部分とくにこの「空の所有欲」部分までもひっくるめて類似しているような歌は、他にありません。

 なのでこの“シグナル”を聴くとき僕は、どうしても“ろくでなし”のことが頭をよぎります。そして、この類似は宮本の作詞過程でたまたま実現したのではなく、あえてこのように過去の歌の構成と情景を選んで歌っているのではないかと思うのです。


 なぜそう思うのかを書きます。

 
“ろくでなし”では、昼と夜の情景を歌ったあと、とどのつまり自分のことを「何も変わらねえ 俺はろくでなし」と吐き捨てるのみでした。ところがその5年後、同じ情景を歌った後に、「今はもうまよわず行けるさ」と歌うように変わったわけです。この違いはなんでしょうか。


 それは、後者には「シグナル」つまり信号、なんらかのきっかけ、または合図といったものが、あったからです。そのまんまですが。
 そしてそのきっかけが、「俺」を「ろくでなし」から「まよわず行けるさ」へと転換させてくれたのです。

 では、その「シグナル」とは?

悲みの月日が あらたな歴史のシグナル
今から始まる 未来のあなたのシグナル



 シグナルとは、転換のきっかけとは、端的にいって「悲しみの月日」だったわけです。しかしこれは不思議な表現です。シグナルというからには、なにか不連続的なもの、「新たに発せられた音・合図」でなければならないはずです。一方で、「悲しみの月日」はというと、この歌ができる前にも、ずーっと宮本の中に「経験された過去」としてあったはずです。


 こう考えると、宮本の中にあった「悲しみの月日」はまさに今このとき、突然、宮本の前に「きっかけ」「合図」としてたち現れたのだと考えられます。その現出が、いわゆる「走馬灯のように蘇る過去」といった瞬間的な体験だったのか、もう少しゆっくりとしたものだったのかは分かりませんが、きっとそれは宮本にとって衝撃的な出来事だったのではないでしょうか。失われていたものを見出す体験。これまでの認識が覆るような相転移。または、テレビで脳科学者がよく言う「アハ体験」。。。

 そういう体験のこと、またそれによってもたらされた未来へのポジティブな態度を歌ったのが、この“シグナル”だと思うのです。そして、この「過去の現出」を効果的に表現するための方法として、「過去の出来事」を歌詞でとりあげて歌うだけでなく、その構成や情景がそもそも「過去の歌」を想起させられるように、過去の“ろくでなし”という楽曲の構成と情景を意図的に選んで歌っているのではないかと、僕は思ったのです。


深読みしすぎかもしれません。または、僕がなにしろ“ろくでなし”を好きすぎているからかもしれません。でもまあいいです。僕は実際に、シグナルを聞くたびにこの「相転移」の追体験をして、ひとり感動しているんです。