コンサートを忘れない方法

4月の武道館の帰り、やけに茫漠とした感じで記事を書いていた。それから数日後、圧倒された感覚、素晴らしかったという実感だけが残り、その後、細部を甦らせようにもなかなかイメージが戻ってこないもどかしさ。軽い喪失感にずっととらわれることになった。

経験上、いいライブほど、後で思い出しにくいような気がする。身体には残っているけど頭には残らない。そういうことだろうか。

ところが今回、ZEPP OSAKAから2週間ほど経ったが、あの空気をそれはもうはっきりと思い出せる。ZEPPホール左前方のドアを入ったところ、薄暗がりの中に立ち、そこで起こったことに含まれた、その経験がまざまざと甦る。きっとそれは、今回に限って、職場の後輩を誘って二人で行ったからだ。彼の背中や顔を毎日見るたびに、はっきりとフラッシュバックする。

思えばもう何年間も、エレカシのコンサートには一人で行っていた。ファンになってしばらくは嫁さんと一緒に行っていたのだが、あれは忘れもしない“激烈ロックツアー”、「ゴッドファーザー」間奏のひずんだギター。チキンジョージのタイトな空間で反響しまくったそれをくらい、嫁さんが顔面蒼白になって以来、常に一人だった。エレカシDBさんを頼りに時期を探ると、実に9年前・・・!

まわりに特段エレカシファンだという人もいないし、「音楽は結局ひとりで聴くものだから」と、ひとりで会場に足を運びどっぷりと浸かって帰ることに慣れた9年間だった。しかし、素晴らしいものを誰かと一緒に見て、帰り道に嘆息しあって、飲みながらたくさん話して、次の日からまたその人に会うっていうのは、やはり素晴らしかった。普段どおりの彼の顔、表情、仕草が、彼の意図に関係なく、僕にリアルなイメージを喚起する。人間の脳がそうなっているらしいとどこかで読んだが、それは本当だった。身体がイメージをまとっている。

とりたてて親しいとはいえなかった彼との距離も、なんだか近づいたような気がする。

僕と同じように一人で見ることに慣れた人がもしいれば、一度いかがですかとお奨めしたくてこれを書いた。コンサートを忘れない方法とは、誰かと一緒に見ることです。シンプルだ。でもそう、答えなんて、きっと簡単なはずなのです。